沿革

松井産業の歴史

「信用と和の精神」を守り続けて

松井産業創業者松井 うめ   松井 宇一創業者・松井宇一の口癖は「信用第一」でした。
今日まで松井産業は、時代のうねりの中で様々な局面を経験し、姿は大きく変わりましたが、90周年を迎える現在も「信用と和」を第一とする考えに変わりはありません。この文化を大切に、これからも地域とともに歩んでいきたいと思います。

 松井産業創業者

松井 うめ 松井 宇一

創業者・松井宇一の口癖は「信用第一」でした。
今日まで松井産業は、時代のうねりの中で様々な局面を経験し、姿は大きく変わりましたが、90周年を迎える現在も「信用と和」を第一とする考えに変わりはありません。この文化を大切に、これからも地域とともに歩んでいきたいと思います。

事業のはじまり

松井産業の前身「松井商店」は、大正11(1922)年に、松井宇一によって、三郷市彦成に呉服店として創業しました。開業して間もなく、呉服の代金代わりに米を引き取ったことを契機に米の商いを始め、併せて農家の必需品であった藁工品も取り扱いました。以後、時代の流れの中で多角化を模索していく松井産業の第一歩です 。松井産業・初代社長

松井 一郎

松井産業・初代社長松井 一郎

松井産業の前身「松井商店」は、大正11(1922)年に、松井宇一によって、三郷市彦成に呉服店として創業しました。開業して間もなく、呉服の代金代わりに米を引き取ったことを契機に米の商いを始め、併せて農家の必需品であった藁工品も取り扱いました。以後、時代の流れの中で多角化を模索していく松井産業の第一歩です 。

終戦後、養鶏に乗り出す

事業の最初の障害となったのは戦争でした。
統制経済のもと、精米、製粉と藁工品の加工の傍ら、農業を営み、厳しい時期を凌ぎました。長い戦争の後、経済の自由が戻るのを待って、松井商店は藁工品に加え、肥料の販売や米穀の集荷業を始めます。そして、順調な商いを続けるうち、養鶏に関わる新しい事業の着目するに至りました。
これは、すでに引退していた松井宇一が養鶏を始めたことに端を発します。
当時の卵は高級品で、養鶏は利幅の大きな商いを生みました。近隣農家にもお薦めしたところ、周囲で養鶏ブームがおこったのです。そして、農家から「餌の世話をしてほしい」との要望が高まり、松井商店は飼料販売を始めることになりました。

鳥松商店要町店

 鳥松商店要町店

(昭和39年頃)

松井産業にとって、昭和30年代は養鶏関連事業の全盛時代であったといえます。
鶏卵、食肉の需要の伸びにしたがって、昭和35(1960)年には、松井鶏卵株式会社を創立し、自ら販売にも乗り出しました。飼料を納める養鶏場から鶏卵を仕入れ、販売する画期的なシステムのもと、販路拡大に力を注ぎました。併せて、ブロイラーも扱うようになり、池袋、新宿、王子、北千住に鶏肉チェーンを出店していったものこの頃です 。

鳥松商店要町店鳥松商店要町店(昭和39年頃)

松井産業にとって、昭和30年代は養鶏関連事業の全盛時代であったといえます。
鶏卵、食肉の需要の伸びにしたがって、昭和35(1960)年には、松井鶏卵株式会社を創立し、自ら販売にも乗り出しました。飼料を納める養鶏場から鶏卵を仕入れ、販売する画期的なシステムのもと、販路拡大に力を注ぎました。併せて、ブロイラーも扱うようになり、池袋、新宿、王子、北千住に鶏肉チェーンを出店していったものこの頃です 。

昭和39(1964)年12月のブロイラー加工工場の火災全焼、41(1966)年の伝染病による鶏の大量死など、思わぬ事態、困難もありましたが、お客様、お取引先の方々の心暖まるご支援によって、松井産業は成長を続けることができました。 ここに松井産業の現在に至る経営基盤が培われていったのです。

不動産業への道のり

昭和40年代以降、松井産業の主幹事業は、不動産事業へと移っていきます。
昭和37(1962)年頃、ある飼料のお得意様から、養鶏場拡大のための広い土地を探して欲しいと頼まれ、土地を売りたいという方を紹介することがありました。養鶏業の成長に乗って、その後、同様の要望が数多くあり、それらを紹介しているうちに、事業として本格的に展開することとなったのです。
昭和39(1964)年には、不動産部を新設。昭和40(1965)年には、松井商事株式会社(社長・松井一郎)として独立しました。折りしも高度成長期に入り、農地の減少や大手流通業の市場進出などの影響を受け、徐々に養鶏事業に陰りが見え始める頃、松井産業は、まさにお客様のニーズに従いながら不動産業へ転換していったわけです。

仲介事業から総合不動産業へ

昭和46(1971)年、松井産業不動産部では、仲介事業のみでなく、養鶏場跡地の有効活用などを期して、分譲住宅の販売を始しました。
昭和51(1976)年には、松井不動産株式会社(社長・松井克彦)を設立し、東武沿線の不動産販売の拠点としました。
自ら設計・施工を手懸けるようになったのは昭和52(1977)年から。建設部を設置して、分譲住宅の自社建築を開始しました。建設部は、昭和54(1979)年にマツサン建設株式会社(社長・松井克彦)として独立。その後、工販一体化を図るため、昭和58年、吸収合併し、今日に至っています。

新しい時代へ向かって

昭和60年代に入って、業績は飛躍的に向上しました。
社屋が手狭になったため、昭和62(1987)年8月に着工、翌年3月に竣工しました。

新社屋はMATSUI・MISATO・MYの頭文字「M」をとり、ふれあいのある“ふるさと三郷”を築くという願いを込めて「M-TOWNセンター」と名づけられました。
これを機に地域貢献に対する考えを新たにしたのでした。
年号が平成となり、バブル崩壊の洗礼も受けました。しかし、創業以来守り続けてきた「信用と和」の精神によって培われた地域社会との強固な結び付きが、今日の松井産業を力強く支えています。

松井産業本社(M-TOWNセンター)

松井産業グループの歩み

大正11年(1922)松井商店設立
昭和30年(1955)有限会社松井商店に改組
昭和34年(1959)松井産業株式会社設立
昭和35年(1960)有限会社松伏飼料店設立/松井鶏卵店株式会社設立、池袋支店開設
昭和37年(1962)松井鶏卵株式会社北千住店開設
昭和38年(1963)
池袋支店を株式会社鳥松商店に
昭和39年(1964)松井産業(株)不動産部設置
昭和40年(1965)松井商事(株)設立/松井鶏卵(株)八王子支店開設/(有)鳥松商店新宿店開
昭和41年(1966)松井自動車株式会社設立
昭和42年(1967)松井鶏卵(株)竹の塚駅前支店開設/(有)松伏飼料店を松井産業(株)に吸収合併
昭和44年(1969)松井産業株式会社岩井支店開設/茨城県岩井方面ブロイラー団地造成
昭和46年(1971)松井鶏卵(株)を松井産業(株)に吸収合併
昭和47年(1972)
松井産業(株)肥料部廃止
昭和48年(1973)有限会社松井精肉店設立
昭和49年(1974)(株)鳥松商店廃止/岩井支店を(有)岩井産業に改組、不動産業務開始
昭和51年(1976)松井不動産株式会社設立
昭和52年(1977)松井産業(株)建設部設置
昭和53年(1978)松井精肉店ニチイ店開設
昭和54年(1979)マツサン建設株式会社設立
昭和56年(1981)松伏支店不動産業務開始
昭和58年(1983)一級建築士事務所登録/マツサン建設(株)を松井産業に(株)に吸収合併
昭和59年(1984)松友会発足
昭和60年(1985)有限会社サンエッグマツイを設立し、松井産業(株)鶏卵部の業務を移行
昭和61年(1986)(有)松井精肉店を有限会社松井物産に社名変更/ニチイおよび団地店を廃止
新三郷駅前にファミリーマート開設/吉川駅前にファミリーマート開設
昭和62年(1987)松井産業(株)川口支店開設/特定建設業免許取得(松井産業)
昭和63年(1988)本社屋竣工/三郷駅前支店開設/モスバーガー吉川駅前支店開設(松井物産)
平成元年(1989)モスバーガー東川口店開設/飼料部廃止 有限会社エムタウン設立
平成2年(1990)モスバーガー新三郷駅前店開
平成4年(1992)松井産業、住宅流通チェーン加盟/第1回松井産業杯ゲートボール大会を後援
平成5年(1993)テイシャクシステムの導入開始
平成6年(1994)松井産業株式会社吉川すみれ店開設
平成10年(1998)松井産業株式会社、リフォーム専門店「ホームデコアクト」三郷店開店
平成11年(1999)パソコン教室開講
平成13年(2001)介護事業(介護のゆめこうぼう)を開始
平成14年(2002)エアパス・エコ・プロジェクト(健康家族の家)イシンホーム(維新の家加盟)
平成15年(2003)メモリアルギフト工房開設
平成16年(2004)特建事業部開設
平成17年(2005)賃貸管理部開設
平成18年(2006)松井産業吉川店新社屋竣工
平成21年(2009)三郷中央店オープン